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2007年7月24日 (火)

桂枝雀の「舟弁慶」

19_7_24_1上方落語の名物登場人は喜六、清八の名コンビがあげられます
ちょっと抜けた喜六と兄貴格の清八のお伊勢参りの旅噺や「皿屋敷」や喜六だけが登場の「池田の猪買い」他かなり多くの噺があります
その中でも「舟弁慶」は二人と喜六の女房のお松さんも登場の噺です
喜六の良いところは生活能力が普通にあると言うところで江戸落語の与太郎よりも普通人と言うのが馴染みやすいです

桂枝雀師匠の噺はどの噺でも圧倒的な面白さです
長い枕から笑いの渦に引き込みます
枕も生物学から自分の幼い時の話等、話題の広さも特筆です
小米時代から見事に脱皮した枝雀師匠の裏の無いような明るさに裏に隠した聡明さと思慮深さと探究心が悟られない

型破りで目を寄せて飛び上がったかと思ったら頭からの着地
漫画のようで笑いが多過ぎて落語でないと言われた

内に想いを持っている理知的な人でないと、少し陰の人でないと面白い落語は無理じゃないかと思ってしまう
古今亭志ん朝もしかり、志ん朝師匠のマクラの端端に出る本音を笑いとして取るか意味合いを考えるかによっても落語の意味が違ってくる

枝雀師匠のどこまでも人を笑わせ無くてはならないないという強迫観念は笑いの到達点が何時迄も来ない枯れる事の無い落語で探求ばかりの落語
その到達点も近いと枝雀師匠は自分で言いながら・・・
高座にあがって客席を見ながらニコニコしていて15分程度が過ぎて高座を降りるような処まで行きたいと言っていた枝雀師匠
そこまでほんの少しののところに行っていたはず・・

枝雀師匠の噺で最初に「舟弁慶」を書くのはやはり喜六と清八のコンビの面白さを一番に描いている噺だからです
夏の川での船遊びに至るまでの喜六と清八とお松さんの楽しい楽しい噺
喜六のどこまでもお松さんを怖がりながらも丁稚のようにお松さんに従う優しさ
清八が居ないと想いながら清八の悪口を言って、お松さんの後ろに清八が居るのを知って・・・・
「まっ!! 清ヤン〜〜・・・・」

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