ベロリ穴
徳山ダム湖岸道路の隧道や橋は徳山村ゆかりの名前がつけられているのは最後のトンネルを出た所の看板に書いてあります
磯谷ベロリ橋・・・
面白い名前と撮影しましたがひょんな事からいわれが分かりました
「とく山 むかし話」という徳山小学校編の一冊の本にベロリ穴という昔話が有ります
編集発行は徳山小学校 昭和45年の発行
もう版権もないし古本でも出てきません
自分の町の図書館で偶然に見つけましたがこのまま朽ちてしまうでしょう
テキストにして残しても問題ないと思います
ベロリ穴 (山手)
磯谷の奥に、磯倉ってとこがあるが、そこの倉もとに、深い岩の洞が有る。
斜めに底へ降りとって、人がかがんで入れるくらいのいかさで、足もとは砂利になっとる。
むかし山手の猟師が、櫨原へ年頭に出かけて、磯谷口にかかったとこが、そこにいかい熊の足跡があった。年頭を先にへしようかどうしようかと迷ったが、そうじゃ、ほんのそこまで、見るだけでもみといたれと思って、ついづい磯倉までつけていくと、それがこの洞穴ん中へ入っとった。
はは、この中か、こいつはうまいと思って、猟師がそん中をのぞいてみると、暗てようわからんが、どうも、さっきのやつらしい熊がどってと寝とり、その奥にまた、白い動くものがぼやっと見える。
ふしぎじゃなぁ、なんじゃいなと思うしなに猟師がじっと見とった時や、その白いものが、ずいずいっつと目の前に来て、猟師はびっくりついて腰を抜かいた。
むりもない。
それは今まで見たこともない、白い毛の熊やった。
そうしてそのクマが腰をぬかいた猟師に言うには
「命も助けてやる。それからおまいの見つけたこの熊もくれてやる。そのかわり、この穴に俺が居ったことは、村の者にもだれにも、かならず言うな、言うとその場で命はないど。これをかつんて、早う行け」
それでその猟師は、白熊に得た熊をかつんで、後も見ばこそ、磯谷を半分走り半分すべって村におり着いた。
ところがそれからというもの、猟師の胸には、その白熊のことがしみついてまって、それがまた業なことに、そのことを、他人に話いてみとて、どもならん。
話そうか、いや、話すと殺される。そうかってこのまま胸にかくいとくのも、なかなかのしんぼうじゃ。
どうじゃ、話すと、ほんとうに殺されるのじゃろうか。
いったいあれは、何じゃろう。
こがいなふうに思いわずらっとった。
そうしたら、その猟師の頭の毛が、日に日にはげてきて、それでついづい、ペロリはげに、はげてまった。
猟師が、しまいには、まあ辛抱できんようになってまって、よっしゃ、どうなってもええわいと思うしなに、その時来とった隣の者へ向いて・・・
おれがなぁ磯ん谷口の・・・と言わんと思い
「イソ・・・」と言いかけたら、直っきに猟師の後ろへその白熊が出て、その猟師を股からまふたつに裂いて投げたということやが、それからこの穴を。べロり穴 というようになったということじゃ。
岐阜弁の訛りで書かれています(^∀^o)
山手 は徳山村の地域の名前です
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コメント
おもしろい。^^
福井弁でも、大きいことを
「(いかい)いけぇ」と言います。
大きさは、「いかさ」。
越前の人間には、訛りもほぼ支障なく読める民話です。
おもしろい。^^
投稿: Fumi | 2011年9月18日 (日) 22時53分
Fumiさん
越前と美濃の両方に住んでいるから方言は大丈夫みたいですね(^-^o)
徳山の民話をブログでもアップしていきます
ただテキストに書く移すのに時間がかかるので止めてしまうかもしれません(^-^o)
投稿: マサヒ | 2011年9月19日 (月) 11時30分